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「記憶術なんて怪しい」「胡散臭い」――そう感じたことがある方も多いのではないでしょうか。こうした疑問については、記憶術は効果がない?効果があるないの違いは何か?や記憶術の口コミの本当と嘘で別途詳しく検証しています。
本記事のテーマは、記憶術に効果が有る無いではなく、記憶術(特に「場所法」「メモリーパレス」)が、これまで学術論文でどのように研究されてきたかです。
研究者名・大学名・発表年を明記した信頼のおける11本の実在する学術論文があります。これら11本の論文をもとに、場所法という記憶方略が、心理学・認知科学・脳科学の分野でどう扱われてきたのかを一次資料ベースで紹介します。
なお、記憶術のすべてが万能に証明されているわけではありません。ただし場所法・精緻化・チャンク化といった記憶方略は、以下に挙げる通り、心理学や認知科学の研究対象として長年扱われてきました。
記憶術は効果がない?効果があるないの違いは何か?
記憶術の口コミの本当と嘘~悪い口コミの7つの真実
記憶術の起源|2500年前、古代ギリシャの詩人が発見した原理
記憶術の代表格である「場所法(記憶の宮殿)」の起源は、古代ギリシャの詩人シモニデスにさかのぼります。

シモニデスと記憶術との関係を示すエピソードは、このサイトでも随所で紹介していますが、要約すると次の通りです。
宴会に招かれたシモニデスが席を外した直後、宴会場の屋根が崩落し、中にいた客は全員命を落としてしまいます。遺体の判別すら困難な状況でしたが、シモニデスだけは誰がどの席に座っていたかを正確に思い出すことができ、全員を特定できました。
この経験から、「場所の順序」に情報を結びつければ正確に思い出せるという原理が発見されました。この逸話は古代ローマの政治家キケロの著書『弁論家について』に記録されています。
逸話のくわしい全文と、この原理を使った実践方法(買い物リストの覚え方)はこちらで解説しています。
シモニデス~記憶術の起源「座の方法(ローマンルーム法)」【古代ギリシア BC500年】
場所法とは?シモニデスのローマンルーム法
なぜ「場所」と結びつけると覚えやすいのか?脳が持つ「位置情報システム」
シモニデスが記憶術の原理を発見してから2500年後、この原理がなぜ機能するのかを脳科学が解明しています。
1971年、ラットの脳から見つかった「場所細胞」
英ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのジョン・オキーフ博士(John O’Keefe)は、ジョナサン・ドストロフスキー氏との共同研究で、自由に動き回るラットの海馬から神経細胞の活動を記録しました。
その結果、ラットが特定の場所に来たときにだけ発火する細胞を発見。これを「場所細胞」と名付けました。
ジョン・オキーフ博士の研究は学術誌「Brain Research」(1971年)に掲載されています。※出典:O’Keefe J, Dostrovsky J. “The Hippocampus as a Spatial Map.” Brain Research, 1971./Hafting T, et al. “Microstructure of a Spatial Map in the Entorhinal Cortex.” Nature, 2005.(論文はこちら)
2005年、脳内GPSの正体「格子細胞」
その約30年後、ノルウェー科学技術大学のメイブリット・モーザー博士、エドバルド・モーザー博士夫妻は、トルケル・ハフティング氏らとの共同研究で「格子細胞」を発見します。
「格子細胞」は「グリッド細胞」とも呼ばれます。脳の海馬の隣接部位(嗅内皮質:記憶・ナビゲーション・時間知覚の働きをする神経)に存在する神経細胞の一種といいます。
特定の場所(空間を上から見た際に正三角形が並んだ六角形の格子点)に差し掛かった場合のみに発火(興奮)する性質があります。この性質によって、現在いる位置座標を把握する、いわば「脳内GPS」の役割を果たします。
モーザー博士の研究は学術誌「Nature」(2005年)に掲載されています。※出典:The Nobel Prize in Physiology or Medicine 2014(公式サイト)
2014年、ノーベル生理学・医学賞を受賞した場所細胞と格子細胞の発見
「場所細胞」と「格子細胞」という2つの発見は、2014年のノーベル生理学・医学賞の受賞対象となりました。受賞理由は「脳内で位置感覚を担う神経細胞の発見」ということです。
つまり、私たちの脳には「内蔵GPS」というべき位置情報システムが備わっていることが、世界最高峰の賞によって公式に認められたということなんですね。
ラットだけでなく人間の脳でも確認された「場所の座標システム」
場所細胞・格子細胞はもともとラットの脳で発見されたものです。しかし、「人間の脳でも同じ仕組みが働いているのか」という疑問は残っていたようです。
英ロンドン大学(UCL)のクリスチャン・ドラー氏らの研究チームは、仮想現実空間の中を人間に歩き回ってもらいながら、fMRI(機能的磁気共鳴画像法といって脳内活動の際の血流変化を視覚化する神経画像技術)で脳を計測します。
すると、人間の嗅内皮質でも、ラットの格子細胞と同じ「規則的なパターンの脳活動」が起きていることを突き止めます。この活動パターンは、空間記憶の成績が良い人ほど強く現れていました。
つまり、場所法が利用している「場所の脳内座標システム」は、動物実験だけの話ではなく、人間の脳でも実際に機能していることが証明されたわけですね。
クリスチャン・ドラー氏らの研究は2010年、学術誌「Nature」に掲載されています。※出典:Doeller CF, et al. “Evidence for Grid Cells in a Human Memory Network.” Nature, 2010.(論文はこちら)
たった40日のトレーニングで記憶の達人になれる科学的根拠
「記憶術は一部の才能がある人だけができる特殊技能ではないか」と思われがちです。が、これを覆す研究があります。
それが、オランダ・ラドバウド大学医療センターの神経科学者マルティン・ドレスラー氏らの研究チームが、記憶術の経験が一切ない一般人51名を対象に、場所法などの記憶トレーニングを40日間行わせた実験と結果です。
その結果は、記憶テストの成績が劇的に向上し、世界トップクラスの記憶競技選手に匹敵するレベルにまで達したことがわかりました。
さらにfMRIで脳をスキャンしたところ、記憶や視覚・空間思考に関わる脳内の結合パターンが、トップ選手のものに近づくよう再構成されていたことも確認されました。
「記憶力がいい人だけが場所法を使える」のではなく「場所法を使うから記憶力が高くなる」ことが、脳科学によって裏付けられたといっていいでしょう。
マルティン・ドレスラー氏らの研究は2017年、学術誌「Neuron」に掲載されています。※出典:Dresler M, et al. “Mnemonic Training Reshapes Brain Networks to Support Superior Memory.” Neuron, 2017.(論文はこちら)
記憶競技チャンピオンは「特別な脳」を持っているのか?
また「記憶術チャンピオンのような人は、生まれつき脳が違うのだろう」と思われがちですが、これを否定する研究があります。
それは、英ロンドン大学(UCL)のエレノア・マグワイア氏らの研究チームが、世界記憶力選手権などで優秀な成績を収める「記憶競技者」を対象に、知能検査と脳画像検査を行った実験と、その結果に出ています。
この実験によって、記憶競技者は、一般人と比べて知能(IQ)が特別高いわけでも、脳の構造が根本的に違うわけでもないことが判明しました。彼らが優れた記憶力を発揮できる理由は、ただ一つ、場所法をはじめとする「空間的な記憶戦略」を使っているからだったのです。
つまり「記憶力がいい人だけが記憶術を使える」のではなく、「記憶術を使う人が記憶力のいい人になる」ということが、この研究からも裏付けられています。海馬と記憶力の関係については、こちらでも詳しく解説しています。
エレノア・マグワイア氏らの研究は2003年、学術誌「Nature Neuroscience」に掲載されています。※出典:Maguire EA, et al. “Routes to Remembering: The Brains Behind Superior Memory.” Nature Neuroscience, 2003.(論文はこちら)
使えば脳は変わる。ロンドンタクシー運転手が証明したこと
「記憶術を使うと長期記憶が可能になる」という仕組みを裏付ける、もう一つの有名な研究があります。
それは、同じく英ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのエレノア・マグワイア氏らによる研究です。
この研究では、ロンドン市内の複雑な道路や施設をすべて頭に入れる過酷な資格試験「ザ・ナレッジ」に合格した現役タクシー運転手たちの脳をMRIで調査。
その結果、記憶や空間把握を司る「海馬」の後部が、一般の人より有意に大きくなっていることが判明。しかも運転手としての経験年数が長いほど、海馬後部も大きくなっていることが明らかになりました。
脳は、大人になってからでも、使い方次第で物理的に変化する(成長する)。これが「脳の可塑性」です。場所法は、まさにこの「空間情報を使って記憶する」という脳の働きを利用した記憶術ですね。
しかも「脳が成長する」記憶の技術です。なお長期記憶の仕組みについては、こちらでも詳しく解説しています。
エレノア・マグワイア氏によるこの研究は2000年、学術誌「PNAS(米国科学アカデミー紀要)」に掲載されています。※出典:Maguire EA, et al. “Navigation-Related Structural Change in the Hippocampi of Taxi Drivers.” PNAS, 2000.(論文はこちら)
近代心理学は記憶術をどう分析したか?
場所法は「古代の言い伝え」のように思われがちですが、近代心理学によってその仕組みがきちんと分析されています。
たとえば、米スタンフォード大学の心理学者ゴードン・バウアー氏によって1970年に発表された研究論文があります。
この論文では、場所法をはじめとする記憶術を、「秩序立てられた場所の並び」と「鮮明なイメージ連想」という2つの心理学的要素に分解して説明しています。
この論文は、その後の記憶術研究に大きな影響を与えることになります。実際、現在までに375件以上の後続研究に引用されています。
記憶術は「オカルトや迷信のような言い伝え」ではなく、心理学的に説明のつく仕組みであることが、半世紀以上前から学術的に説明されてきています。
ゴードン・バウアー氏による場所法記憶術の研究は、1970年の学術誌「American Scientist」に掲載されています。※出典:Bower GH. “Analysis of a Mnemonic Device.” American Scientist, 1970.(論文はこちら)
医学部の授業でも証明された場所法の学習効果
場所法は資格試験だけでなく実際の教育現場でも、その効果が確認されています。
パキスタンの医学教育研究者アイシャ・クレシ氏らは、医学生を2グループに分け、一方には通常の講義と自習、もう一方には講義に加えて「場所法(記憶の宮殿)」を使った学習を行わせ、内分泌学(インスリンと糖尿病)の試験成績を比較しました。
その結果、場所法を使って学習したグループの方が、試験の正答率が高かったことが報告されています。
場所法によって、暗記が特に難しいとされる医学系の専門知識にも実際に活用できる上、成績向上につながることが、教育現場での実証研究によって裏付けられたわけですね。
資格試験に記憶術を役立てることは有益なことがわかります。くわしいことは、こちらで解説しています。
アイシャ・クレシ氏らによる場所法記憶術の研究は、2014年の学術誌「Advances in Physiology Education」に掲載されています。※出典:Qureshi A, et al. “The Method of Loci as a Mnemonic Device to Facilitate Learning in Endocrinology.” Advances in Physiology Education, 2014.(論文はこちら)
運動で海馬を鍛えれば記憶力も伸びる
生活習慣と記憶力との関連ついても、具体的な研究データがあります。
米ピッツバーグ大学の心理学者カーク・エリクソン氏らは、120名の高齢者を2つのグループに分け、
・A:週3回の有酸素運動(60名)
・B:週3回の軽いストレッチ(60名)
これを1年間続ける比較実験を行いました。
両グループに対して、開始前と終了後に脳をMRIでスキャンした結果、有酸素運動を続けたグループは、記憶を司る海馬の容積が平均で2%増加。
海馬は、加齢によって通常、年に1〜2%ずつ縮んでいくとされています。しかしこの実験結果は、実質的に1〜2年分の老化を巻き戻したことを意味しています。
しかも海馬が大きくなった人ほど、空間記憶のテスト成績も向上していました。
記憶術だけでなく、日常における有酸素運動そのものが、記憶を司る脳(海馬)を物理的に成長させることが証明されています。
カーク・エリクソン氏らの研究は2011年、学術誌「PNAS」に掲載されています。出典:Erickson KI, et al. “Exercise Training Increases Size of Hippocampus and Improves Memory.” PNAS, 2011.(論文はこちら)
高齢になってから始めても遅くない、という科学的根拠
「歳をとってから記憶術を覚えたり記憶力のトレーニングをすることは、効果はなく、もう遅いのではないか?」。そのように感じる方も多いかもしれませんね。けれどもこの不安を払拭する研究が2つあります。
高齢になってから場所法を習っても記憶力は改善する
心理学者ポール・ヴェルハーゲン氏らは、若年者と高齢者の両方に場所法を教え、訓練を行う前と後における記憶の成績を比較しました。
結果として、高齢者であっても、場所法の訓練によって記憶成績は確かに改善することが示されました。ただし伸び方には個人差があるということです。また訓練への反応の仕方は人それぞれということも同時に報告されています。
とはいっても、「高齢だから効果がない」ということはなく、根気よく練習を続けることで記憶力は向上するということが実証されています。
ポール・ヴェルハーゲン氏らの研究は1996年、学術誌「Psychology and Aging」に掲載されています。出典:Verhaeghen P, Marcoen A. “On the Mechanisms of Plasticity in Young and Older Adults After Instruction in the Method of Loci.” Psychology and Aging, 1996.(論文はこちら)
この研究報告は、吉永式記憶術のような記憶術がご高齢の方にも役立つ裏付けにもなりますね。
吉永式記憶術(吉永式記憶学)を徹底解明!~やり方・ネタバレ・受講料・LINE登録などをレビュー
10回のトレーニングの効果が10年後も続いた米国の大規模研究
また、ルコーン氏スーザン・ウィリス氏ほか、米国立老化研究所の資金提供と主導のもとで行われた「ACTIVE試験」という研究もあります。
実験では、平均年齢73.6歳の高齢者2,832名を対象に、記憶訓練グループと対照グループにランダムに分け、5〜6週間・合計10回という決して長すぎない期間の記憶戦略トレーニングを実施。
その後、1年、2年、3年、5年、そして10年後まで追跡した結果、記憶訓練を受けたグループは10年後の時点でも、日常生活動作における困難さが少ないことが明らかになっています。
たった10回・数週間のトレーニングの効果が、10年という長期にわたって持続する。このことは「歳をとってから記憶力向上のトレーニングを始めても遅い」という不安に対する明確な反証データになりますね。認知機能検査の対策として記憶術を学ぶことは、科学的にも理にかなっていることがわかります。
ACTIVE試験による研究と報告は、2006年の米国医師会雑誌「JAMA」に掲載されています。出典:Willis SL, et al. “Long-term Effects of Cognitive Training on Everyday Functional Outcomes in Older Adults.” JAMA, 2006.(論文はこちら)
まとめ:記憶術は「怪しい話」ではなく科学が裏付けた技術
ここまで見てきた11本の研究を振り返ってみましょう。
- O’Keefe & Dostrovsky(1971年):ラットの脳で「場所細胞」を発見
- Hafting, Moser夫妻ほか(2005年):「格子細胞」を発見(2014年ノーベル賞)
- Doeller, Barry, Burgess(2010年):人間の脳でも同じ仕組みを確認
- Dresler ほか(2017年):40日の訓練で記憶の達人レベルに到達
- Maguire ほか(2003年):記憶競技者は特別な脳ではなく戦略の勝利
- Maguire ほか(2000年):ロンドンタクシー運転手の海馬は経験年数とともに大きくなる
- Bower(1970年):記憶術を心理学的に分解
- Qureshi ほか(2014年):医学部教育でも成績向上を確認
- Erickson ほか(2011年):有酸素運動で海馬が2%増大
- Verhaeghen & Marcoen(1996年):高齢者でも場所法の訓練で記憶成績は改善する(個人差あり)
- Willis ほか/ACTIVE試験(2006年):10回・数週間の記憶訓練の効果が10年後も持続
古代ギリシャのシモニデスが発見した原理は、2500年の時を経て、今や世界トップクラスの大学の研究対象となってきました。記憶術は「怪しいテクニック」ではなく、心理学・認知科学・脳科学の分野で研究されてきた記憶方略ということがわかりますね。
こうした科学的な原理を、試験合格や資格取得に特化する形でさらに練り上げた記憶術もあります。


