古代ギリシアのシモニデスの記憶術

記憶術の元祖といえばシモニデス(Simonides)と言われています。
シモニデスが世界で一番最初に記憶術を開発しました。

 

シモニデスは、紀元前556年にギリシアのケオス島で誕生し、紀元前468年に没したとあります。
※⇒wiki情報

 

 

シモニデスはギリシア最高の叙情詩人であり、自己制御を軸とした倫理を説いた知識人でした。大変、才能にあふれ、先駆的なこともした人でした。

 

その一つに、記憶術を発案したことがあります。
シモニデスが記憶術の元祖とされる理由は、史実において初めて「記憶術」を考案し、また使用しているからです。しかもその具体的な方法を述べています。

 

シモニデスはまさに「世界初の記憶術開発者&使用者」です。
シモニデスが記憶術を使ったことは、紀元前55年にキケロが著した「弁論家について」の中で言及されています。

 

シモニデス自身の記憶術の書はありません。
ですが、キケロが書いた上記の書にシモニデスの記憶術に関する史実があります。

 

シモニデスの記憶術のことは、クィンティリアーヌス著「弁論家の教育」にもあります。
また作者不明ですが紀元前80年頃に書かれたとされる「ヘレンニウスに与える修辞学書」にも言及があります。

 

これら三冊は「記憶術の三大古典書」とも言われていますが、
いずれの書にもシモニデスが世界初の記憶術開発者であることが記述されています。
そして記憶術は弁論など、記憶保持に有益であることを説いています。

 

では、シモニデスが世界初使用した記憶術とは一体、どういったものだったのでしょうか。

 

シモニデスが使用した世界初の記憶術とは

シモニデスが世界で最初に記憶術を使用したエピソードは、次の通りです。

 

シモニデスは叙情詩人であり、当時は、貴族が主催するパーティ等の招待されては、そこで即行で詩を作り、報酬をいただくということをしていたのでしょう。

 

ある日、シモニデスは、スコパースという貴族の邸宅に招待されます。
いつものように大勢の貴族とともに食事をしていたようです。

 

招待されたシモニデスは、主人のスコパースのために、称讃する詩を創作し贈呈したようです。
そして、詩の報酬をいただこうとしたようです。

 

ところが、スコパースという貴族はケチな性分だったようです。
シモニデスの詩に対して、約束していた報酬の半分しか出さなかったといいます。
しかもスコパースは「私の出す報酬に文句があるんだったら神々に請求しろ」という嫌味なセリフを吐いたといいます。

 

シモニデスとスコパースとの間で、こんな嫌味なやり取りが交わされていた途中のことです。
スコパース邸の門に、二人の見知らぬ若者がやってきました。
その二人は、シモニデスを呼んでいました。
そこで、シモニデスは部屋を出て、スコパース宅の門へと行きます。

 

けれども外に出てみても、その二人の若者はいなかったようです。
怪訝な思いをしたシモニデスは、再びスコパース宅に引き返そうとしました。

 

ところが、シモニデスが外に出ていた間に、スコパース宅の天井が崩落してしまいました。
この天井崩落事故により、主人のスコパースや親族の全員が、瓦礫の下敷きになって死亡。

 

残されたスコパースの身内が、彼らを埋葬しようとしましたが、酷く押しつぶされていたため、誰が誰なのかが見分けも付かなかったようです。そのため途方に暮れてしまいました。

 

しかしシモニデスは、パーティに参加していた人達が、どこに座っていたのかを記憶していました。この記憶を頼りにして、死体の位置から身元を判別することができました。

 

こうして、一人一人を埋葬することができたといいます。

 

この経験からシモニデスは、「座の方法(ローマンルーム法)」という記憶術を思いついたといいます。
鮮明な記憶というものは、順序や場所と関連付けられた場合であることを発見したわけです。

 

シモニデスの「座の方法(ローマンルーム法)」とは「場所法」のこと

シモニデスの記憶術のエピソードは、渡辺剛彰さんの著書によると「大地震が起きたときに記憶術を使った」と紹介されています。しかし、キケロの書によれば大地震ではなく事故によると記載されています。

 

またシモニデスは、この事故の時に記憶術を使用したのではなく、この事故をきっかけにして記憶術を発案したと、キケロの書にあります。

 

実のところ、こうしたエピソードが本当の話しだったりします。シモニデスの記憶術の発端となったエピソードは、キケロの「弁論家について」の第二巻に記述されています。

 

結局、シモニデスは、スコパースに屈辱的な扱いを受け、しかも天井崩落という大惨事をきっかけにして、「鮮明な記憶」のメカニズムに気付き、「座の方法(ローマンルーム法)」という記憶術を開発したということなのでしょう。

 

なんとも皮肉といいますか、奇妙なことを契機に記憶術が発案された印象です。

 

シモニデスが発見した「座の方法(ローマンルーム法)」「記憶を鮮明の保持する方法(記憶術)」とは、

  1. 何かの場所を選ぶ
  2. 記憶したい物事のイメージを描き
  3. それぞれの場所に関連付けていく

という方法です。
つまりこれは現代記憶術で言うところの「場所法」です。

 

シモニデスはこうも言っています。
「場所の順番が物を護ってくれ、物のイメージが物そのものを護ってくれることになり、そうして、われわれは、場所を蝋板代わりに、イメージを文字代わりに使えばいいのだ」と。

 

まさに記憶術の真髄を述べています。
これが今から2500年前のことです。

 

記憶術はまさに、シモニデスの「座の方法(ローマンルーム法)」が元祖になります。シモニデスによって記憶術は考案され、世界でも初めて使用されたということでしょう。

 

そして、その後、2500年の間に、シモニデスが発案した場所法は、改良と工夫も施され伝承されて、現代でも使用されているということです。

 

シモニデスの方法を踏襲しながらも改良と工夫が加えられた現代の記憶術こちら

 

 

 

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