スコラ哲学と中世の記憶術【11~15世紀】

中世の記憶術

中世の記憶術は、410年(5世紀)、現在のチュニジア共和国近くのカルタゴ生まれの著述家「マルティアヌス」から始まるといわれています。

マルティアヌスはクィンティリア(※記憶術三大書の一つの著者)式の記憶術を推奨したものの、その後の中世の時代には、記憶術は変容していきます。

ちなみに中世における記憶術は「クィンティリア」ではなく「ヘレンニウスへ」の方法が中心になったといいます。

記憶術における三大古典【紀元前後ローマ時代】

また後述しますが、アリストテレスの哲学的アプローチによる「スコラ哲学」の中に、ギリシア時代の記憶術は組み込まれていくようになります。

スコラ哲学とは

中世の時代、記憶術は、11世紀頃から勃興してきた「スコラ哲学」の中に組み込まれていきます。

ちなみに「スコラ哲学」とは、教会の牧師や教職者によって、キリスト教神学を感性や天啓ではなく理性的に証明しようとする、いわゆる「学問」として研究する神学・哲学をいいます。

スコラ哲学は、プラトンの弟子だったアリストテレスの方法によって神学を学問的にアプローチしています。

記憶術がスコラ哲学の中に見出されるのは13世紀頃になります。

ちなみに「ルネサンスの時代の記憶術」は、アリストテレスの師匠であった「プラトン」の影響を受けます。
ルネサンス期の記憶術【15~16世紀】

スコラ哲学における記憶術

スコラ哲学における記憶術は、倫理や道徳規範を暗記する手段として使われていったようです。たとえばキリスト教世界観の天国と地獄の世界を心に深く刻み込むために、記憶術的手法を用い、美徳と悪徳を学んだとされています。

要するに、中世の時代は、聖書や倫理道徳の教えの伝承として、記憶術を積極的に用いたということになります。

もっとも暗記するテクニックとしては、古代ローマやギリシア時代とは違っています。記憶の「場」として「建物」などの実在する空間を利用する「場所法」は使用せず、もっぱら倫理的主題を「記憶のアンカー」として使用していました。

つまり倫理的な徳の概念を記憶する場(記憶の宮殿)として使っていたということです。

中世のスコラ哲学における記憶術の代表的な人は、

  • ポンコンパーニョ・・・13世紀/「想像上のアルファベット」※頭文字法、変換法記憶術
  • アルベルトゥス・・・13世紀/「徳」の概念をメモリーパレスに使用
  • トマス・アクィナス・・・13世紀/著書「神学大全」、スコラ哲学を代表する、聖人
  • パルトロメオ・・・14世紀/著書「いにしえの人々の教え」
  • ペトラルカ・・・14世紀/著書「記憶されるべきことどもの書」
  • ラゴーネ・・・15世紀/著書「記憶術」

こうした人々です。
スコラ哲学を代表する聖人にも列挙された「トマス・アクィナス」も記憶術に精通していた方でした。

ポンコンパーニョの記憶術

中世のスコラ哲学における記憶術は、たとえば13世紀のドミニコ会修道士の「ポンコンパーニョ」がいます。

ポンコンパーニョは、叡智、無知、懸命、軽率、神聖、頑迷、仁愛、非情、穏和、狂乱、明敏、愚鈍、高慢、謙譲といった人間の徳性を「記憶の場」として使用していました。

ポンコンパーニョは、こうした記憶術によって、美徳や悪徳を心に刻みこむために使用していました。つまりキリスト教神学の暗記のために記憶術を使っていたということですね。

またポンコンパーニョは、「想像上のアルファベット」を利用した記憶術も提唱しています。これはネコだったら「ネ」を暗記する際の手がかりにする方法です。このやり方は「頭文字法」「変換法記憶術」とのことになります。

アルベルトゥスの記憶術

同時代13世紀の頃、同じくドミニコ会修道士の「アルベルトゥス」は、哲学者のツゥリウス、マクロビウス、アリストテレスらが区分した「人間の徳」を「記憶の場」として使用しています。

つまりアルベルトゥスは、キリスト教的神学の観念を「記憶の宮殿(メモリーパレス)」として使用したということですね。

「人間の徳」をメモリーパレスに使用したことは、場所法の変化球ともいえます。

トマス・アクィナスの記憶術

さらに同じく13世紀には、イタリアのドミニコ会修道士で「聖人」に列挙されているトマス・アクィナス(1225~1274年)も記憶術を残しています。

トマス・アクィナスは、スコラ哲学的記憶術を決定づけました。

トマス・アクィナスはスコラ学の代表的な人物であり、「神学大全」を記したことで知られています。

実のところ、この「神学大全」は、記憶術に関することが述べられています。

トマス・アクィナスの記憶術の要点とは、

  1. 暗記したいことは、記憶しやすい便利な姿を勝手に想像すべきである
  2. 暗記したい事柄は、秩序の中に置き、思い出したことから次の事項へ簡単に進めるようにしておくこと
  3. 暗記したい事柄を、入念に眺め回して、愛着を持つこと
  4. 暗記したい事柄を、じっくりと考察すること
としています。
この4点は、記憶術のエッセンスである「記憶の宮殿」と「イメージ」を使った記憶術のことになります。

ちなみに「トマス・アクィナス」の記憶術に似ているのが、21世紀に登場した現代記憶術の「ユダヤ式記憶術」になります。
ユダヤ式記憶術のレビュー・効果・ネタバレ~実際に購入したから言えること

中世の時代の記憶術は、古代ギリシアやローマ時代の方法とは変容した感があります。「実在する建物」を「記憶の宮殿」とする代わりに、「徳」という概念を「記憶の宮殿」として使っています。

キリスト教神学における抽象的な概念をメモリーパレスとして使うのは、この時代に登場した独自のやり方になります。

またスコラ哲学が盛んになった中世では、記憶術の用途は弁論術から、美徳や悪徳といったことを覚えるための宗教教育に利用されていきます。

13世紀頃の記憶術といえば、スコラ哲学の世界で、このように使用されます。

またトマス・アクィナスの記憶術は、その後、後世の修道士らに大きな影響を及ぼします。

パルトロメオの記憶術

「パルトロメオ」(1262~1347年)は、トマス・アクィナス式の記憶術を踏襲し「いにしえの人々の教え」という道徳倫理の本を出版します。

この著書は、記憶術的手法によって倫理道徳を記したテキストといわれています。

ペトラルカの記憶術

またその後14世紀には「ペトラルカ」「記憶されるべきことどもの書」という書を出しています。

この書では、トマス・アクィナス式の記憶術のほかに、古典記憶術書にも言及しています。

ラゴーネの記憶術

その後、15世紀半ばには「ラゴーネ」という人物が「記憶術」という書を著しています。

この書もトマス・アクィナス式記憶術です。

キリスト教神学の暗記と倫理道徳の普及に記憶術を使用

このように中世の記憶術は「スコラ哲学」に組み込まれ、キリスト教神学や倫理の中で使用されます。しかも人間の徳・不徳と関連付けて記憶する手法であったようです。

おそらく聖書や倫理道徳を引き合いにして、教会での説教の際に役に立ち、なおかつ聞いている側も倫理道徳を心に刻み込むことが容易だったのでしょう。

また賛美歌を覚える際にも使われたのでしょう。

現代では記憶術は実用的に使用されていますが、中世の記憶術は、宗教教義の暗記と倫理道徳の伝承と普及に使用されていました。

シモニデスを起源とする紀元前500年前に誕生した記憶術は、弁論術を経て、中世は宗教教義を覚えるための倫理的目的に使われたことは興味深い歴史の変遷です。

それにしても記憶術には、このような変遷の歴史があることがわかります。

メトロドロスの記憶術【前の記事】 ラモン・ルルの記憶術とマインドマップ【次の記事】