シモニデス~記憶術の起源「座の方法(ローマンルーム法)」【古代ギリシア BC500年】

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シモニデスは記憶術(ニーモニック・システム)の元祖

記憶術の元祖といえば古代ギリシアのシモニデス(Simonides)です。彼は詩人でしたが、世界で一番最初に「記憶術」を開発した人物です。

記憶術は「Mnemonic Systems(ニーモニック・システム)」といいますが、シモニデスは、現代で最も使われている場所法座の方法ローマンルーム法ともいう)の考案者。

シモニデスがどのようにして記憶術を生み出したのかは後述しますが、シモニデスは弁論術(プレゼン)に記憶術を使います。

シモニデスとは?

そのシモニデスは紀元前556年にギリシアのケオス島で誕生し、紀元前468年に没したとあります。※⇒wiki情報

シモニデスはギリシア最高の叙情詩人。また「自己制御」に関する倫理を説いた知識人でもあります。才能にあふれた人で、その才能の表れの一つが「記憶術」を発明したことになります。

シモニデスの記憶術が「記憶術の起源」とされる理由は、世界で初めて「記憶術」を生みだしたことが歴史に記録されているからです。しかも記憶術を具体的に使う方法まで伝えています。

シモニデスはまさに「世界初の記憶術開発者&使用者」です。

その世界で初めて使用したシモニデスの記憶術とは一体どういったものだったのでしょうか。

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シモニデスの記憶術は座の方法(場所法)

で、シモニデスが発見した記憶術とは「座の方法(ローマンルーム法)」「記憶を鮮明に保持する方法(記憶術)」です。これは、

  1. 覚えるための「場所(記憶の宮殿)」を設ける
  2. 覚えたい物事を「イメージ化」する(記憶事項のイメージ化)
  3. 「場所(記憶の宮殿)」に覚えたい物事を関連付けて覚える

というやり方です。これは記憶術で言うところの「場所法」そのものです。

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シモニデスは、自ら考案した記憶法につうて、こうも言っています。

「場所の順番が物を護ってくれ、物のイメージが物そのものを護ってくれることになり、そうして我々は、場所を蝋板(ろうばん)代わりに、イメージを文字代わりに使えばいいのだ」と。

この言葉はまさに記憶術の真髄になります。今から2500年前に、記憶術の要諦が見事に言語化されていました。

記憶術はシモニデスの「座の方法(ローマンルーム法)」が起源になります。シモニデスによって記憶術は考案され、世界で初めて使用されたということになります。

記憶術が生まれたエピソード

ちなみにシモニデスが世界で初めて座の方法(ローマンルーム法)の記憶術を使用したことも記録に残っています。それは「天井崩落事故で亡くなった人を判別」したエピソードとして伝承されています。以下に詳しく紹介します。

パーティーに正体された詩人シモニデス

シモニデスは叙情詩人でした。当時は貴族が主催するパーティに招待されることが多く、シモニデスは即行で詩を作り、貴族から報酬を得ていたようです。

ある日、シモニデスは、スコパースという貴族の邸宅に招待されます。シモニデスはいつものように大勢の貴族とともに食事をしていたそうです。

シモニデスは、主人のスコパースを称讃する詩を創作し贈呈。そうしていつものように詩の報酬をいただこうとしました。

ところがスコパースという貴族はケチな性分だったようです。シモニデスの詩に対して、約束していた報酬の半分しか出さなかったといいます。

しかもスコパースは「私の出す報酬に文句があるんだったら神々に請求しろ」と、嫌味な言葉を吐いたといいます。

シモニデスとスコパースとの間で、こんな嫌味なやり取りが交わされていた途中のことです。

天井崩落事故を危機一髪で回避したシモニデス

スコパース邸の門に、二人の見知らぬ若者がやってきました。その二人は、シモニデスを呼んでいました。そこでシモニデスは部屋を出て、スコパース宅の門へと行きます。

けれども外に出てみても、その二人の若者はいなかったようです。怪訝な思いをしながらシモニデスは、再びスコパース宅に引き返そうとしました。

ところが、シモニデスが外に出ていた間に、なんとスコパース宅の天井が崩落してしまいました。この天井崩落事故により、スコパースをはじめ貴族の全員が瓦礫の下敷きになって死亡

残されたスコパースの身内は、彼らを埋葬しようとしました。が、酷く押しつぶされていたため、誰が誰なのかが見分けも付かなかったといいます。そのため途方に暮れてしまいました。

シモニデスは記憶術を使って覚えていた

けれどもシモニデスは、パーティに参加していた人達がどこに座っていたのかを覚えていました。

何故、覚えていたかといえば、その場所に坐っていた人をイメージと絡めて覚えていたからです。

つまり記憶術(座の方法)を使っていたわけです

シモニデスは、この方法で覚えた記憶を頼りにして、死体の位置から身元を判別することができました。そうして一人一人が誰なのかがわかり、丁寧に埋葬することができたといいます。

天井崩落事故をきっかけに記憶術が誕生

シモニデスは、この経験から「座の方法(ローマンルーム法)」という記憶術を思いついたといいます。シモニデスは、生前坐っていた人の座と死体の位置関係を覚えていたことから、「順序」や「場所」と関連付けられた記憶は鮮明に残っているということを発見します。

で、これが元祖「記憶術」となります。

シモニデスは、スコパースに屈辱的な扱いを受けている中、天井崩落という大惨事にあいましたが、この事故がきっかけとなって「鮮明な記憶」のメカニズムに気付き、「座の方法(ローマンルーム法)」という記憶術を発案したということになります。

なんとも皮肉といいますか、奇妙なことを契機にして記憶術が生み出されたかのような印象を受けます。

シモニデスのエピソードには2説ある

ちなみにシモニデスの記憶術のエピソードは、渡辺剛彰さんの著書によると「大地震が起きたときに記憶術を使った」と紹介されています。
ワタナベ式記憶術【渡辺剛彰】~実際に使ったレビュー・口コミ・やり方

しかしキケロの書によれば大地震ではなく「事故」とあります。

またシモニデスは、この事故の時に記憶術を使用したのではなく、この事故をきっかけにして記憶術を考案したことが、キケロの書にあります。

実のところ、キケロの書にあるエピソードが本当の話しですね。シモニデスの記憶術のエピソードは、紀元前55年にキケロが著した「弁論家について」の第二巻に記載されています。

記憶術の三大古典書が伝えるシモニデスの記憶術

またシモニデスが記憶術を使ったことは、同じくキケロの「弁論家について」の中で言及されています。
政治家キケロの記憶術【ローマ時代 BC100年頃】

シモニデス自身が著した記憶術書はありません。キケロが書いた「弁論家について」に、シモニデスの記憶術のことが記載されています。

ちなみにシモニデスの記憶術に関することが述べられた書を整理すると、

  • ヘレンニウスに与える修辞学書(ヘレンニウスへ)/作者不明(紀元前80年頃)
  • 弁論家について/キケロ著(紀元前55年)
  • 弁論家の教育(弁論家の教育)/クィンティリアヌス著(95年頃)

このようになっています。
これら三冊は「記憶術の三大古典書」とも言われています。

記憶術における三大古典【紀元前後ローマ時代】

上記三冊のすべてに、シモニデスが世界初の記憶術開発者であることが述べられています。

ちなみにこれらの書には「記憶術は弁論における『記憶保持に有益』とあります。今でいう「プレゼンテーション」ですね。流ちょうなプレゼンをするために記憶術を推奨していたということです。

まとめ

約2500年前に、古代ギリシア人のシモニデスは、天井崩落事故をきっかけに「記憶術」を考案しています。その記憶術は「座の方法」と言われていますが、現代でも「場所法」として引き継がれています。

興味深いことは、シモニデスが考案した記憶術の原理は、現代もそのまま使用されているということです。名称や使い方に変化があったとしても、記憶術の原理そのものは2500年前とまったく変わらないのは非常に興味深いことです。

もっとも、シモニデスが発案した場所法は、2500年の歴史の間で改良と工夫も施されています。現代では、受験や資格試験の勉強向けに改良と工夫もされています。そんな「現代版シモニデス記憶術」を利用することは賢い選択になります。

⇒試験合格に特化しシモニデスの記憶術を改良した記憶術
⇒シモニデスの記憶術を進化させた試験合格向きの記憶術