スコラ哲学の中の記憶術

410年、現在のチュニジア共和国近くのカルタゴ生まれの「マルティアムス」はクィンティリア式の記憶術を推奨したものの、その後、中世の時代には、記憶術は変容しています。記憶術の基本は「ヘレンニウス」への方法が中心だったといいます。

 

中世の時代、記憶術は、当時勃興してきた「スコラ哲学」の中に組み込まれていきます。
記憶術がスコラ哲学の中に見出されるのは13世紀頃になります。

 

スコラ哲学における記憶術は、倫理や道徳規範を暗記する手段として使われていったようです。
たとえばキリスト教世界観の天国と地獄の世界を心に深く刻み込むために、記憶術的手法を用い、美徳と悪徳を学んだとされています。
要するに、中世の時代は、聖書や倫理道徳の教えの伝承として、記憶術を積極的に用いたということになります。

 

もっとも暗記するテクニックとしては、古代ローマやギリシア時代とは違っています。
記憶の「場」として「建物」などの実在する空間を利用する「場所法」記憶術は使用せず、もっぱら倫理的主題を「記憶のアンカー」として使用していました。

 

たとえば修道士の「ポンコンパーニョ」は、叡智、無知、懸命、軽率、神聖、頑迷、仁愛、非情、穏和、狂乱、明敏、愚鈍、高慢、謙譲といった徳性を「記憶の場」として使用した記憶術を、美徳や悪徳を心に刻みこむために使用していました。またポンコンパーニョは、「想像上のアルファベット」を利用した記憶術も提唱しています。これはネコだったら「ネ」にするといった「変換法記憶術」のことです。

 

同様に、同時代13世紀の頃、「アルベルトゥス」は、哲学者のツゥリウス、マクロビウス、アリストテレスらが区分した「人間の徳」を「記憶の場」として使用しています。

 

トマス・アクィナスの記憶術

さらに13世紀のイタリアのドミニコ会修道士で聖人トマス・アクィナス(1225〜1274年)も記憶術を残しています。
トマス・アクィナスは、スコラ哲学的記憶術を決定づけました。

 

トマス・アクィナスはスコラ学の代表的な人物であり、「神学大全」を記したことで知られています。実はこの「神学大全」では、記憶術に関することが述べられています。

 

トマス・アクィナスの記憶術の要点とは、

 

  1. 暗記したいことは、記憶しやすい便利な姿を勝手に想像すべきである
  2. 暗記したい事柄は、秩序の中に置き、思い出したことから次の事項へ簡単に進めるようにしておくこと
  3. 暗記したい事柄を、入念に眺め回して、愛着を持つこと
  4. 暗記したい事柄を、じっくりと考察すること

 

としています。
この4点は、記憶術のエッセンスである「場」と「イメージ」のことになります。

 

とはいっても、中世の時代の記憶術は、古代ギリシアやローマ時代の方法とは変容した感があります。
「実在する建物」を記憶の「場」とする代わりに、「徳」を記憶術の「場」としています。抽象的な概念を記憶の場として使う独特のやり方です。

 

また記憶術の用途も、弁論から、美徳や悪徳といった宗教に利用されていきます。
13世紀頃の記憶術といえば、こうしたスコラ哲学の世界で使用されています。

 

引き継がれる「トマス・アクィナス式記憶術」

トマス・アクィナスの記憶術の方法は、その後、大きく影響を及ぼしていきます。「パルトロメオ」(1262〜1347年)は、トマス・アクィナス式の記憶術を踏襲し「いにしえの人々の教え」という道徳倫理の本を出しています。この本は、記憶術的手法によって倫理道徳を記したテキストといわれています。

 

またその後14世紀には「ペトラルカ」は「記憶されるべきことどもの書」という書を出しています。この書では、トマス・アクィナス式の記憶術のほかに、古典記憶術書にも言及しています。

 

その後、15世紀半ばには、「ラゴーネ」という人物が「記憶術」という書を著していますが、この書もトマス・アクィナス式記憶術です。

 

このように中世の時代の記憶術はスコラ哲学に組み込まれ、また宗教や倫理の中で使用され、しかも人間の徳・不徳と関連付けて記憶される独特な手法であったようです。

 

おそらく、聖書や倫理道徳を引き合いにして、教会での説教の際、役にも立ち、なおかつ聞いている側も倫理道徳を心に刻み込むことが容易だったのでしょう。

 

現代では実用的に使用されていますが、中世の頃の記憶術は、倫理道徳の伝承と普及に使用されていた様子です。記憶術には歴史があることを思わせます。

 

 

 

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