記憶術の歴史

記憶術が秘密・秘匿化される時代

ところで19世紀に入ってからファイネーグが欧米に記憶術を広め、後に続々と記憶術の専門家が多くなっていった頃から、記憶術は秘匿情報の性格が出てきます。

 

いわゆる「秘伝」として封印されて、一子相伝の如きテクニックとして伝承されるようになっていきます。

 

一子相伝、秘密、秘伝扱いされるようになった理由は後述しますが、ファイネーグがヨーロッパ各地を旅行しながら記憶術を教えた結果、かなりの広まりを見せたわけですが、記憶術の効果が優れていたからであるからでしょう。

 

記憶術の「秘匿化」「秘密情報」としての伝統はファイネーグに端を発しています。
実際、19世紀の欧米で記憶術を伝承していた人達はファイネーグの方法がほとんどでした。

 

こうした秘匿情報としての記憶術は、20世紀半ばまで続き、記憶術のノウハウはしばらくの間、秘密扱いとされてきたようです。

 

稀に記憶術が教えられるときがあったようですが、19世紀のアメリカでは1時間の講義で27ドル(現在の金額で約76,000円)が取られていたようです。たった1時間の講義でです。しかも入門代として5ドル(約14000円)を取っていたようです。

 

さらにもし記憶術の内容を他の漏らしたなら、500ドルの罰金(約135万円)が課せられる契約を取り交わされたといいます。

 

しかし何故、こうまでもして記憶術は秘匿化、秘密化されて、一子相伝の扱いとなっていったのでしょうか。

 

記憶術は成功術・立身出世術としての効果が高い方法

その理由は、記憶術は本当に記憶の効果が高く、これを利用した立身出世も可能であり、記憶術は成功術としての価値が大きいことが分かってきたからだと考えられます。

 

実際、日本でも明治の時代に記憶術がブームになっていますが、この当時、記憶術で司法試験に合格し弁護士になった人も出ています。あの渡辺式記憶術を生み出した渡辺剛彰さんの父親の渡辺彰平さんがそうです。

 

渡辺彰平さんは、井上円了の記憶術を学び、弁護士試験に合格しています。
いわば、記憶術を使ったことで人生の勝ち組になったわけです。

 

こうした「成功術としての記憶術効果」の事例は他にも数多くあったのでしょう。
記憶術を使って「人生で成功できる」「立身出世できる」ということから、記憶術は「成功術」の秘密兵器として扱われるようになったのも自然です。ましてアメリカンドリームのように、チャンスさえあれば成功できる時代であるなら、記憶術は成功術の最たる武器になります。

 

そこで記憶術の方法を安易に公開しない方針に変えたことが出てきても不思議ではありません。
重要な部分は「簡単に公開しない」というのは理解できます。
このことは、現代でも同じです。

 

こう言っては何ですが、記憶術は「怪しいもの」「胡散臭いもの」として誤解されていたほうが、実は都合が良いところもあったりします。記憶術に接する人を減らして、効果を知る人だけが記憶術を享受できるほうが差別化もできてメリットも大きくなったりもします。
ちょっと嫌らしい考え方ですが、記憶術の世界にはこうした側面があることは否定できません。

 

記憶術は、20世紀の後半から再び日本でも公開されるようになり、より進化した現代記憶術へと発展していきます。現代の記憶術は、古代から伝承される記憶術に加えて新しいノウハウも加味されてきています。

 

 

一子相伝の記憶術がさらに進化して使いやすく実用性が高くなった現代記憶術